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父母の一か月超ミラノ滞在の件

懸賞 2019年 09月 04日 懸賞

今年5月の中旬に、仕事と免許更新を兼ねて日本へ1週間超帰国していたのは、一時帰国中に記載した次第ですが、主な目的といえば、両親と同じフライトでミラノに戻り、我が家で一か月超、生活を共にするということが、主要な目的でした。
2ケ月以上前のことですが、2019年6月30日そんな両親が、日本へ帰国して、5月の出張から始まる私の長い旅はやっと終わったような安堵感に包まれていました。
ちょっとしたトラブルや、家族特有のいさかいもあり、ざっくりとそのもようをお届けします。

時系列での記憶は曖昧なので、季節の変化と併せてレポートいたします。
2019年5月26日夕方にミラノに到着
二週間ぶりに会うニナ太郎ですが、私を見て1時間ぐらいはにかんだまま、近づいてきませんでした。その後1時間もすればすぐに慣れて一緒に就寝でした。
日本は、ジャケットを着ていても暑いくらいでしたが、イタリアの最初の一週間は、5月上旬から続くグズグズした天気と、寒さを引きずっており、長そでにジャケットと傘が欠かせない週でした。

主なトピックは、母起因のものが以下の三本立て(サザエさん風味)
【母親風邪をこじらせる】
【母親へそを曲げる】
【母親キーフォルダーを盗まれる】
それに加えて父母私とニナ太郎のコモ日帰り旅行でした。
詳細については、別の記事にしようと思います。


その他、実家(自宅から300mほど離れたところ)で寝泊まりすると言っていたマリートは、結局ニナ太郎と離れたくないため、ずっと自宅にいました。つまり、私の父母と同居していました。私の親も、私も、マリートもそれぞれ別方向に気遣いをして、気疲れを抱えていました。
私は私で、仕事から帰ると親の要望を聞かなければならず、マリートのことも少しは考えねばならず、家事をしてくれる母はありがたいけれど、そのためマリートが全く家事をしなくなり、でも居座ってることにも苛立ち始め、家族は多ければ多いほど、助け合える分、大変なことも事実でした。

でもせっかく老体に鞭打ってわざわざ来てくれたので、それなりに楽しい思いはして欲しいという葛藤もありました。
でも親は、
「仕事してて、小さい子供がいるんだから、無理していろいろ連れて行こうとしなくていいから。」と言われ、その言葉に甘えることになりました。
イタリアの会社の自由さに甘えて、一週間に1日ペースで有給を取って、親の行きたいレストラン(ミラノ市内)でランチしたり、買い物に連れていったり、美味しいと有名なジェラートのお店に行ったりしました。他の都市に電車で小旅行などしたかったのですが、そういうことはせずに、ミラノ市内に出かけるにとどめました。早く帰宅できるし、そうすると、保育園から戻ったニナ太郎を受け入れる体制が整えられるしと、この程度で及第点だったようです。

マリート側家族との交流は合計二回。
一回目は、恒例マリート実家にてお食事会。
そして二回目は、帰国出発の前日に、エミリア・ロマーニャ州まで少し足を延ばして、バルディ城というお城を巡り、マリート、パパとマンマ、私の父母、私、ニナ太郎の7人ででランチしたのを幕切れとして、父と母のイタリア滞在はあっけなく終わりました。

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帰国前日に家族全員で行ったレストラン。ブドウの木の屋根で直射日光が遮られて、素敵なオープンテラスでした。
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バルディ城とうちの父母。地味に暑くて大変でしたが、みんなで楽しく遠足気分。ニナ太郎は、いつもと違う場所でのアクティビティに興奮し、帰りの車に乗るときには、電池が切れたように眠りにつきました。

滞在の最終週は、イタリア北部からフランス、ドイツにかけて、アフリカからの熱波が押し寄せて、クーラーなしでは寝られない夜でした。
結局両親は、五月末なのに、冬のように寒いミラノと、六月下旬なのに、最高気温40度のミラノという激しい温度差を経験し、帰った次第です。


by ayumi_cocca | 2019-09-04 01:53 | イタリア生活 | Trackback | Comments(0)

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