登場人物まとめてみました

懸賞 2018年 02月 12日 懸賞

当ブログにおいて、今までは登場人物も少なく、特に名前をつけずにブログを書いていましたが、家族が増えたので、それぞれの登場人物にハンドルネーム的なものをつけて、今後の日記においての説明などを明確化したいと思います。
ついでに、私から見たキャラ的な部分も、若干補足しておきます。

ニナ ⇒ブログ主、文中では「私」として登場しています。某SNSのハンドルネームからそのまま持って来ました。
   何事も、「狭く深く」が理想なのに、気が付くと「狭く浅く」しか関わっていない傾向が強い。絶賛育休中(2018年2月現在)
マリート ⇒個人的に夫のことを、「主人」や「旦那」とは言っていません。イタリア人なので、それらの呼び名はしっくりこないから、イタリア語で「夫」にあたるMarito(マリート)から、こう命名しました。
    イタリア人夫、日本の某政令指定都市で、私と結婚。概ね穏やかで、夜更かしと朝寝坊が大好きな、生まれも育ちも生粋のミラネーゼ。
ニナ太郎 ⇒私の息子は、男児ということで、こう命名しました。
     2017年9月生まれ。音に敏感で、ヘタレでビビりの気配がすでにする、おとめ座男子。ハの字眉に垂れ目が特徴。
マンマ ⇒マリート氏の母上、私にとって姑にあたる人
    男子二人を育てた、生粋にイタリアンマンマ。家事能力の高さはピカイチ。初孫ニナ太郎にメロメロで、私を全面的にサポートする力強い、育児の味方。
パパ ⇒マリート氏の父上、私にとっての舅にあたる人
   料理上手で、食べることとワインをこよなく愛する。初孫ニナ太郎を可愛がるも、一定の距離を置いている。孫より、飼い猫にメロメロ。
 ⇒ニナの実父
  70歳を超えているが、正真正銘のイクメンの子ども好き、でも大人(特に家族以外)には不愛想に見えがち。子育てにおいて、私の厚い信頼を得ている。
 ⇒ニナの実母
  自己主張と食べ物への執着が強い60代後半の自由人。その自由さゆえ、時として家族に混乱をもたらす。料理上手で、家事には一定のこだわりがある。

だいたい、登場人物はこの七人で構成されています。
もし、増えるようなら、加筆修正を加える予定です。


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# by ayumi_cocca | 2018-02-12 06:43 | 結婚生活 | Trackback | Comments(2)

ミラノでの出産・子育てについて ~総括~

懸賞 2018年 02月 06日 懸賞

2017年9月15日、無事第一子の出産を終え、子育て真っ最中ではありますが、ここイタリアでの出産前後のいろいろな出来事を、まとめています。
妊娠真っ最中よりは、産後だからこその客観的視点で、総括していけたらと思います。


ミラノで妊娠が発覚し、一度もイタリアを離れることなく出産をした者としての総括です。
日本で出産子育てはしていないので、日本と比べてどうか、については言及していないことを、前置きさせてください。

日本でも、出産をするにあたり受けられる医療サービスというのは、場所によって異なります。東京などは、病院などの選択肢も多いでしょうが、その後の保育園の待機児童問題など、解決していない問題も多く、どこが良くてどこが悪いとは一概に言えないのかもしれません。
私は、日本での出産経験がなく、イタリアでの出産しか知りませんが、ここロンバルディア州ミラノにおける出産は、医療レベルやサービスも含めて、ここで出産できて、本当に良かったです。

最初は、何も分からない状態で、するべきことだけが多くあり確かに戸惑いました。母子手帳のような親切なものも無ければ、窓口での説明は最低限で、実際検査を受けてから足りないことに気付く場面も多くありました。
それを勘定に入れても、妊婦に対するみんなの笑顔や、病院や日本では自費で行うような各種検査について、ほぼ無料や割引された値段でおこなうことができたことを考えると、金銭的にも精神的にもプラスの面が多かったと思います。たとえば、妊婦マークが普及している関東圏で、仕事を続けていたとしたら、やっぱり苦しくても席を譲ってほしいとは言い辛い局面があるのではないでしょうか。
ミラノの地下鉄は、他の都市に比べれば人が多いかもしれませんが、それでも乗り継ぎまでのほんの5分強の乗車時間でほぼ80%座ることができます。
(乗り換えがすぐの人はあえて座らない人が多く、立っている人がいても、探せば空席がみつけられる)
ある日の検査で行った病院の混み合った待合室で、妊婦さんが座りながら隣の席に自分のかばんを堂々と置いていました。たぶん膝の上に乗せると、お腹を圧迫するからでしょうか。人ひとり座れるスペースを譲らずに、一瞬イラッとしましたが、本当に堂々としていて、「このくらいわがままでも良いのかしら。この国では許されるのね」という考えに、最終的に至りました。
子供や子供を持つ母親に、大都市の割には優しい雰囲気なのかもしれません。

一昨年の10月から、正社員として仕事を見つけることができ、その3ヵ月後に妊娠発覚、、、
日本ならマタハラになりかねない状況にかかわらず、皆喜んでくれて、誰一人いやな顔をする人はいませんでした。
今年4月から直属の上司になった男性は、
「産休後、必ず戻ってきてね。でも、何より大切なことは子育てだから、その状況がちゃんと整って戻ってきてくれたら、いつでも歓迎するから」
と言ってくれて、本当に泣くのをグッとこらえるのに大変でした。
今後、必ずこの会社に戻って、頑張って働こうと自然に思える言葉です。

そして、夫のご両親にいたっては、妊娠発覚後、明らかに優しさが5割増ししました。
本当に普段からすばらしい人で、今までも不満は無かったのですが、ますます良くしてくれて、これからも孫の面倒をよく見てくれること必須です。夫は、妊娠発覚後からさほど喜びもせず、むしろうろたえ戸惑いが大きく、仕方なく協力している感が半端なかったけど、そのほかの人が大いに助けてくれて喜んでくれて、うちの両親含め感謝しても感謝仕切れません。

今は、子どもをベビーカーに乗せて外出する機会が増えましたが、イタリアに住む人は、本当に子どもに優しいです。
とにかく、妊婦時代以上に、子どもに対し声をかけられることが増えました、
主に子連れの女性や、年配の人から
「何か月?男の子?女の子?」などと質問されます。
子どもを褒められたり、優しく接してもらうのは、自分を大事にされるより嬉しいものです。
バスやトラムでのベビーカーの上げ下ろしも、必ずだれか手伝ってくれるし、お店の入り口のドアも、押さえて待ってくれる人がほとんどです。

一度、バスの中で、息子がギャン泣きしたことがあり、かなり焦ったのですが、
「お腹が空いてるのかな~?」と、声をかけてくれる人がいたり、周りがニコニコしていて、救われた気持ちになりました。

声をかけられるのは、女性が多いけど、バールでちょっと休憩していると、バリスタのおじさんや、ガテン系の利用客なども、
「Ciao!Piccolino!」(やぁ、おちびちゃん!)みたいに、声をかけてくれます。
正直に話しますと、自分が子どもを産むまで、子どもに一切関心がありませんでした。
もちろん、親せきや友人など、親しい人の子どもは可愛いと思いますが、道行く見知らぬ人の子どもなど、見向きもしたことがありませんでした。
だからこそ、イタリアでは何と子供に関心のある人が多いんだろうと驚かされるばかりです。

この国で、出産・子育て出来ることを、ラッキーだと感じています。
今後も、見知らぬ人にも助けてもらいながら、楽しんで子育てしていけたらと思います。

注意:混み合った公共交通機関(トラム・バス)などで、ベビーカーをひいた母親へのスリは少なくないと聞きます。子どもに気を取られ、かばんへの注意が散漫になることを狙った犯罪も存在しますので、優しく声をかけられたとしても、油断はしないようにして下さい。



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# by ayumi_cocca | 2018-02-06 06:41 | イタリア生活 | Trackback | Comments(0)

マイホームを手に入れました。

懸賞 2018年 02月 03日 懸賞

最近は、ミラノでの出産ネタについてばかりお話していますが、一つ大事な報告というか、変化があります。
この前提を話しておかないと、どのネタも加筆できないのですが、結論から言うと、タイトルにある通りマイホームを手に入れました。
入院した日 ~9月16日編~に、夫がそれに振り回されてることについて、ちょこっただけ述べています。

2016年8月までは、夫の実家で、夫と二人仮住まいの生活をさせてもらい、その後(2016年9月から)手狭な1LDK賃貸アパートメントに引っ越し、二人で住んでいました。
そして、去年2017年11月から、マイホームでの新しい生活を始めています。

大変な思いをしたのは、主に夫一人でしたが、さっくりまとめると以下のような内容です。

2017年1月、妊娠発覚と同じころ、夫の実家近くに住む、夫のお祖母さん(父上方)が亡くなりました。
長らく認知症を患い、でも体は健康なので、長生きするとみんな思っていたので、かなり急なお話でした。
夫のご両親は、近くに住んでいるため、お葬式や埋葬などにてんてこ舞いでしたが、最終的に、お祖母さんが住んでいたアパートは、どうしようかという話にたどり着きます。

いろいろ紆余曲折はあったものの割愛(笑)

最終的に新しい家族を迎えるであろう私たちが、場所柄のわりに破格のお値段で買わせてもらうことに。
夫の実家、また元・お祖母さんの家は、ミラノではいわゆる高級住宅街に位置していて、ミラノには珍しい一軒家も少なくないエリアです。公共交通機関のアクセスも良く、正規の物件を買おうとしたら、私たちの給料ではとてもローンを組むことは無理な場所です。
そんなエリアで、たとえ集合住宅の一戸とはいえ、家を持つことができると言うのは、ラッキー以外の何物でもありません。

きっと占いとか見たら、
【2017年1月は、何かが大きく変わるきっかけが始まる月になるでしょう。
そのきっかけは、その後の人生にかかわる、大きな財産を得ることになります。】
とか書いてあったんじゃなかろうか。

そして、2017年2月くらいから、お祖母さんのアパートの整理を始めました。
主に、夫のご両親が中心となっておこないましたが、まぁ物が多くて、本当にx100大変でした。
でも、私は身重で、且つイタリア語がネイティブではなかったので、ほとんどすることがなく、詳細は割愛(笑)

2017年6月、部屋の修復をし始めます。
段取りや、マンマ知り合いの建築士との調整、施工業者とのやりとり、権利を引き渡すための書類手続き、銀行でローンを組むための諸々・・・。
ぜ~んぶ夫(とご両親)がしました。もちろん私は、何も協力できず、部屋の内装をどうするか、レイアウトをどうするか、をちょいちょい口出す程度で、暑い夏に気が狂いそうにイライラしながら諸手続きを進める夫を眺めていただけです。
なので、詳細は割愛(笑)

前述の建築士
この女性が切れキャラで、とにかくこちらがクライアントであるにもかかわらず、所かまわず切れる(笑)私も、一度目撃したことがあるので、それだけでも一つ日記が書けるのですが割愛(笑)

本当にこの国に居て思うことですが、私(日本人)の感覚では、すんなりいくであろうという事柄が、とにかく一度ですんなり終わらない。
・ガスの開通
・台所の蛇口の取り付け
・インターネットの開通
などなど
インターネットに至っては、前住まいと同じ会社で引っ越し手続きを、引っ越す一か月前(10月上旬)にしたにもかかわらず、やっと取り付けたアポイントで来た工事の日(11月下旬)に何らかの理由で開通しませんでした。
そして、夫が「2週間以内に開通しなければ、契約解除します」と12月下旬に文書を送ってやっと、1月2日に開通したという話です。

夫は、朗らか・温厚・能天気の三拍子そろった人で、それと表裏一体でちょっと頼りないところがありました。
そんな彼が、去年の6月くらいから10月までの間は、ずっと疲れててずっとピリピリしていて、不要なケンカもたくさんするに至りました。
2017年、これらの多彩な出来事を経て、我が夫は、その分一回りも二回りも大きく、そして頼もしくなったように思います。
最終的に、新居はまだいろいろ小さな改修や、しっかり直したい部分が多少はありますが、三人で快適に生活しています。
新居で、新たな家族一人と、トータル三人で生活を始めたら、いつもの優しい夫にすっかり元通りです。

と言うわけで、私が諸手続きをしていたなら、それだけでも20記事くらい書けそうな、マイホームまでの道のりは、すべてこの一つに集約してみました。

夫氏、本当にお疲れ様。そして、快適な生活をありがとう。
一緒に頑張ってローンを返していこう。
育休明けたら、私も頑張って働きます!


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# by ayumi_cocca | 2018-02-03 05:53 | イタリア生活 | Trackback | Comments(2)

妊婦とその両親と、産前産後など

懸賞 2018年 01月 23日 懸賞

2017年9月15日、無事第一子の出産を終え、子育て真っ最中ではありますが、ここイタリアでの出産前後のいろいろな出来事を、まとめていこうと思います。
妊娠真っ最中よりは、産後だからこその客観的視点で、総括していけたらと思います。

2015年から三年連続、私の両親は、私に会いにイタリアへ来てくれています。
そのうち私が日本に帰国したのは、たった一回・・・。
2015年2016年いずれも、できる限りのもてなしはしたものの、正直かなりの負担でした。
ひょっとしたら、邪見に接したこともあったかもしれないです。
それでも、変わらずたくさんの日本のお土産、というかスーツケースのほとんどを私のもので埋め尽くして、来てくれました。

2017年1月、夫の両親に妊娠を報告したのと同じ日に、両親にもその旨を報告しました。
まだ安定期には程遠い時期で、産婦人科で心音さえも確認していないときでした。
いつも笑顔なんてめったに見せない父が満面の笑みになり、母は涙して喜んでくれました。

そして、イタリアで産むであろう決心をしたときに、産前産後の世話に来てほしいと伝えました。
出産予定日の二か月前に産休に入り、そこから飛行機に乗り日本に帰り出産し、新生児を抱えてイタリアへ帰る私の負担を考えて、
父は、イタリアで産むことを、暗に勧めてくれたのがきっかけです。
こちらがお願いする形での、渡伊となります。今回立場は逆転(笑)

邪見にしていた前年の自分の振る舞いを申し訳なく思うほど、本当に本当に、来てくれて助かりました。
それはなぜかという点について述べていきたいです。

・食事 with 母
今回、他の記事でも述べているように、夫と二人暮らしをしていた賃貸アパートメントに両親を泊めて、夫はその近所にある実家に避難。
産後の私はというと、夫は夫の実家に来れば良いと言ってくれましたが、狭い両親のいる賃貸アパートに、新生児の息子と滞在することに決めました。なぜなら、両親と寝食を共にしたかったからです。
この賃貸アパートメント、二人で住むのにギリギリの広さである1LDKでした。
はっきり言って大人三人・新生児一人では狭いです。
それでも、ここにとどまった理由は、母の手料理が食べられるからです。特に、母乳を与えると、思春期の高校生男子かっていうくらいお腹が空きます。どんぶりで白いご飯をおかわりしていました。食べても食べてもお腹の空く私を満足させるべく、狭くて勝手の悪い台所で、たくさんご飯を作ってくれました。
母は、食事の準備だけでなく、掃除・洗濯・食事の後片付けもすべてを担当してくれて、私は子どもの世話に集中していました。

・子育て feat.父
私が子どもの頃、掃除と洗濯物の片付け⇒祖母、食事の準備と洗濯⇒母、子育て⇒父、と完全なる分業制が敷かれていました。
私の世話をしてくれていたのは、ズバリ98%父でした。お風呂、寝かしつけ、夜中トイレに行きたいとき、食事、髪の毛を結うことまで、すべて父がしてくれていました。
それが普通だと思っていたのですが、違うんですね。。。世の父のほとんどは、娘の髪の毛を結わないらしいです。
私のほかに兄二人も仕事以外は面倒を見てくれた父に、絶大な信頼を置いています。よって新生児の世話は、父と一緒にしていました。
病院では教えてくれなかった沐浴指導。哺乳瓶でのミルクの与え方。子どもが落ち着く抱っこに仕方。泣き止まない子どもの落ち着かせ方などなど、3人の子供を育て上げた父の知識の集大成を見させてもらった気がします。
0か月の息子は、とにかくよく泣いていました。
母乳がよく出るようにと、夜中も含め頻回授乳していたのですが、ゲップをうまく出してあげられない母親と、ゲップをうまく出せない新生児のコラボにより、お腹に空気が溜まりすぎ、不快だったのが原因のようでした。
それが何日も続き、私が本当に睡眠不足で辛い夜中に、父は私の替わりに抱っこしなだめて、泣かないようにそっとベッドに寝かしつけてくれました。その間、眠らせてもらった有難みったらありません。

・感情の受け皿
私にとっては、居てくれて一番助かったことはこれではないでしょうか。
生後すぐに、母乳の出が悪く、息子の体重が思うように増えず、私はかなりピリピリしていました。夫や夫の家族は、私の負担にならないように、優しく声をかけてくれたり、慰めてくれたり、また冗談を言ってくれたりしていたのに、それを全然素直に喜べませんでした。
新生児を育てる責任感を一手に、ありえないほど気負っていた私なので、あろうことか夫家族の悪口を、父や母に言っていました。
普段は思いつきもしない被害妄想に苛まれていたように思います。
それに対し、父も母も、私をたしなめるでもなく、かといって同意するでもなく、ただひたすら話を聞いてくれていました。
これ大正解だと思います。
たしなめられれば私が悲しくなり、私の言葉に同意すれば、両親まで同罪になります。
ただ、私の気持ちが落ち着くように、話を聞いてくれて、何より日本語で話をできたことが、どれだけ産後の私に良い影響があったか計り知れません。
そのおかげで、ピリピリもほぼ二週間程度でおさまり、その後は夫家族に対し、敵意に近い感情はすっかり無くなりました。

こんな父と母に支えられ、生後一か月半くらいまで、寝食を共にし、名付けて「新生児合宿」を執り行った次第です。
日本では、産後は実家でという風習がありますが、これは素晴らしいものだと思います。
子どもだけでなく、母親をいたわるこの制度(?)は今後も、大事にされるべきだし、もっと世界に普及すればいいのにと思います。


「親の心子知らず」とは、意味を知ってたし、理解していたつもりですが、やっぱり親になってやっと見えてきた世界があるのは事実です。
今回、両親と一緒に息子の世話をしたことで、つまり自分がどれほどの愛情を受けて育てられてきたかということを、産まれたての息子の肩越しに見ることができました。
息子のように小さかった私が、成長するにつれ、生意気になり、言うことを聞かなくなったり。。。
合宿中、それを密かに思い出し、しょっぱいような、ひたすら申し訳ないような気持ちになりました。
もちろん、今までも愛情豊かに育ててもらったのは知っていたけど、理解し切れていないことが、こんなにあったのかと、打ちひしがれる思いにさせられました。

「狭い世界に生きている」と、人を揶揄するときに使われる表現がありますが、
きっと誰もがそれぞれ「狭い世界」に生きていて、「広い世界」を知っている人が正しくて偉いとは、一概に言えないのではないでしょうか。
私も私の「狭い世界」を持っていて、そこでそれなりに一生懸命に生きてきました。
夫婦によっては、「子どものいない世界」があり、それは選択であったり、やむを得ない事情であったりすると思います。
一つの人生で、すべての世界を味わい尽くすなんて不可能だし、いろんな違う世界の人たちで、隣の芝の青さをねたみ合うつもりもありません。
しかし私は、高齢出産ながら、こうしてまわりに励まされ祝福されて、「子を持つ夫婦の世界」の入り口に入ることができたのは、私にとって間違いなく5本の指に入る、衝撃的な幸福の瞬間であります。

助けてくれた両親はじめ親戚友人一同に、感謝の気持ちを表していこうか、と考えると、やっぱり私が私の家族と幸せに生活していくことなんじゃないか、
というところにたどり着きます。
このブログのことは、私の父と母は知らないし、今後知らせるつもりはありませんが、この感謝の気持ちについては、言葉と行動で示していこうと思います。


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# by ayumi_cocca | 2018-01-23 05:56 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(2)

妊婦と精神状態

懸賞 2018年 01月 17日 懸賞

無事出産を終え、子育て真っ最中ではありますが、ここイタリアでの出産までのいろいろな出来事を、まとめていこうと思います。
妊娠真っ最中よりは、産後だからこその客観的視点で、総括していけたらと思います。

妊婦になると、イライラしたり悲しくなったり、精神状態が不安定になると、よく聞きます。
実際はどうだったかについて、述べてまいります。

いきなり急に腹が立ったり、悲しくなったり、感動したりと言うことは、正直言って頻繁にありました。なぜなら、それは妊娠前からあったようで、今に始まった話で無いような気も・・・。
ホルモンバランスの変化によるものなのかは不明なものの、妊娠発覚後以下のようなことがありました。

【恐怖泣き】
流産・死産という言葉に、異常なほど敏感でした。スマホで記事を読んでいて、その類を見つけると、怖いくせに読まずにはいられず、読んでは泣きを繰り返していました。
自分の子が無事に産まれてくれるか不安過ぎて、日本の友人には、ごく親しい人を除いてほとんど出産後の報告しました。
今は、事件事故に巻き込まれることなく育ってくれるか心配で、小さい子が亡くなる記事を読んで泣いているので、ただの心配性が原因かもしれません。

【思い出し泣き】
- 仕事帰りのバスの中で、真央ちゃん(フィギュアスケート選手、まだ引退前のとき)の前回オリンピックでのフリー演技を思い出し、号泣。スマホで映像を見ていたわけではありません。脳内で、その映像を再生して、一人で感動して泣いていました。

【におい】
- つわりの時期に、嫌いな匂い(または臭い)に敏感になりすぎて、イライラする。たとえば、通勤のバスで前の席の皮脂の臭いに耐えられず、席を移るしかない。
家で使っていた芳香剤の匂いに吐き気が止まらず、夫のクローゼットにしまってもらう。でもそのクローゼットが1センチでもあいていると、「くさい!」と叫び、クローゼットを閉める。
夫曰く「トリュフを探す犬に、期間限定でなれるんじゃないか」という勢いの敏感さでした。

【八つ当たり】
特に、つわりの時期が辛過ぎて、小さいことにイライラしていたのは間違いありません。
しかし、八つ当たりできるのは、夫にのみ。
本当に今では申し訳なかったと思うけれど、当時は会社へ行くのが精一杯で、自分が食べたくも無い夕食の準備をしているとき、ソファで横になってテレビを見ながらスマホを触っている夫に、気持ちをぶつけずにはいられませんでした。

【号泣事変】
八つ当たりとは少し違うかもしれませんが、夫の前で2回ほど号泣しました。
お互い30歳を過ぎて出会っており、それぞれそれなりの社会経験と恋愛経験があったので、対・大人としてのコミュニケーションが、日本で出会い付き合いが始まったころから確立されていました。激しい議論や不満を露呈はすることがあっても、口汚く罵り合ったり激しい感情をぶつけたことは、お互いに今までありませんでした。
その2回の号泣理由については、「え!?」と言うほど他愛のないことで恥ずかしいので、言及しません(^^;)
でも、その他愛のない理由で、漫画で描くなら「うわぁ~ん」や「おぉ~いおぃおぃ」という表現がぴったりの号泣を披露しました。
つわりで機嫌が悪い時は、夫まで不機嫌でしたが(当たり前ですよね)、このときばかりは優しく慰めてくれました。
ここに関しては夫の対応は大正解でした。ここで突き放されていたら、号泣の回数がそれだけで3倍に増えていたと思う。

【歩きタバコによる健康阻害問題】
つわりで臭いに敏感である事実以外に、路上でたばこを吸う人には、過剰反応してしまいます。
マスクも一般的にだれもしないお国柄なので、ハンカチやスカーフで口を押さえるか、離れるかのいずれかです。
日本では歩きたばこって非国民かって批判対象ですが、イタリアにおいては、室内以外での喫煙は合法なので、やむを得ません。
でも嫌だなっという気持ちになってしまう。

【空も飛べそうな被害妄想】
メトロに乗っていると、走行中に携帯で通話しながらジェスチャーをまじえウロウロする人が少なからずいます。(日本では完全に変な人ですが、ミラノの地下鉄内には2・3日に一回は見かけます) 
急ブレーキで倒れてきたらどうしよう。どうかわしてお腹を守ろうかなどと、想像力を超えて被害妄想に近い気持ちになったのは、つわりも過ぎてお腹が大きくなり始めた6ヶ月を過ぎた頃だったことを覚えています。

【多幸感ばら撒き自粛】
イライラや不安だけでなく、多幸感に苛まれることもありました。なぜ「苛まれる」のかというと、何でもないことが無性に嬉しくて、誰かに聞いて欲しいという気持ちが抑え難くなるからです。
聞かされる側との温度差を理解するくらいの理性はまだあったので、その抑えられない衝動のほとんどは両親にぶつけていました。まぁ、今までしたことのなかった「近況報告」のていで、返事があろうがなかろうが、嬉しかったことを書き綴ったものです。
あとは、楽しかったことがあると、引きずり過ぎて、次の日の出勤中さえもニヤニヤしたり・・・。
八つ当たりや不幸自慢のような迷惑行為程ではないにせよ、「温度差」とつぶやきながら、極力自制心を働かせました。

このように、イライラや不安な気持ち以外あらゆる喜怒哀楽が、ちょっと当社比150%~180%増しになったことは、間違いなさそうです。
今後、もし妊婦さんがちょっと大げさな感情表現をしているに遭遇したら、こういうものだと割り切って、でも間違っていることがあればやんわり指摘しつつも、華麗にスルーするのが平和的かと、体験から学んだ次第です。

産後はホルモンバランスの変化で、イライラしたりうつっぽくなったりすると言いますが、それはまた別途ご報告いたします。


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# by ayumi_cocca | 2018-01-17 18:25 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(0)