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父母の一か月超ミラノ滞在中のマイナートラブル

懸賞 2019年 09月 18日 懸賞

どこの国に住んでいても、母-娘-孫がそろうと、厄介ごとが絶えないのでしょうか。
今回は、「父母の一か月超ミラノ滞在の件」でちょこっと触れた、
【母親風邪をこじらせる】
【母親へそを曲げる】
【母親キーフォルダーを盗まれる】
の三本立てを、お話しようと思います。

今回の彼らの滞在の80%のトラブルは、母起因だったように思います。母ら悪いと責められることは、一つもありませんが、いろいろと後の対応に追われたりしたこともあり大変でした。

【母親風邪をこじらせる】
ニナ太郎は、秋から春にかけて終始咳をして鼻水を垂らしています。両親が着いたころのミラノは、まだ肌寒く、息子の咳鼻は相変わらずひどかったです。そこで、どうやら保育園から持参した風邪菌に感染したらしく、母は咳と鼻水、熱に見舞われて、ほぼ2,3日は寝込んでいました。
高いお金を払って保険に入っていたので、日本人通訳の人を手配してもらい、病院での診察も受けました。ただし、私が仕事へ行っていたとき、父がさっさと電話をして対応してくれていたようなので、詳細は不明です。対応もよくて、薬も処方してもらったので、高いお金を払った甲斐があったことと、外国でなかなかできない経験をできたのは、良かったです。
残念だったのは、週末一泊で計画していたスイスのチューリッヒ旅行をキャンセルする羽目になったことです。ホテルは前日までキャンセル料無料だったので良かったのですが、早割で取っていた電車は払い戻しができないものだったので、涙を呑んであきらめるしかなく、かといって母を責めるわけにもいかず、どうにかリベンジをしたい思いで、コモ湖日帰り旅行を企画しました。
それはまた、別でレポート予定です。

【母親へそを曲げる】
母は、私の生活が楽になるようにという使命感に燃えて、ミラノにやって来ました。
私と私の周りにいる人たちの生活が少しでも楽しくなるように、充実するように、という気持ちがあるのはわかるのですが、それと同時に「頑張る私に感謝して欲しい」「居てくれて助かったと思われたい」という承認欲求も、同時に燃え上がります。(注:本人は、みじんも自覚していませんし、今まで私も指摘したことはありません。今後も指摘するつもりはありません)
それが暴走すると、私への不要な「おせっかい」が言動に顕著に表れ、それを疎ましく思い拒絶する私といさかいが生まれます。
お互いいい歳の大人ですし、普段離れてくらしているので、大きな問題はそうそう発生しませんが、近くにいるといろいろ問題が発生します。
今回も、そんな感じで、彼女の親切を邪険な態度で断って怒らせてしまいました。
その間、自室(寝室)でずっとスマホを触っていました、私はその後仕事に行かねばならなかったので、寝室まで「行ってきます」と大きな声であいさつして、自宅を後にしました。
母とは思春期にさんざんぶつかってきましたので、その後何か話し合いや解決策を求めることなく、この話は終わります。私が仕事から戻れば、また普段どおりの生活が始まりました。すみません、大したオチはありません。

【母親キーフォルダーを盗まれる】
彼らの滞在3週目だったと思うのですが、仕事中の私に、父から電話がかかってきました。他愛ないやり取りは、携帯のメッセージでやり取りしているので、電話がかかってきた時点で異常事態が発生したことは明白でした。
電話にでると、
「地下鉄に乗っていた時に、どうやらスリにあった。財布や携帯電話は無事だけれど、キーフォルダーだけ見つからない。被害はそれだけのようだ。」
との内容でした。我が家の鍵は二組あって、一組は夫が、もう一組、普段は私が所有しているほうを両親に預けていました。
その預けていた鍵が盗まれたという。
キーフォルダーは日本にいた時にプレゼントでもらった、革製のものでした。多分スリは、革の手触りで財布だと勘違いしたようです。
炎天下で家に入れない両親に、すぐ近所の夫の実家に行くように指示をして、パパとマンマには事情を説明し、まもなく父と母がインターフォンを鳴らしますと伝えました。
結局、言葉が通じない者同士、保育園から帰ってきたニナ太郎を交えて、どうにか意思疎通をしたようですが、私が仕事から帰宅するころは、盗まれた申し訳なさと、言葉の通じない義実家での所在なさで、3割減で身体が小さくなっていた二人でした。
次の日に、一応警察に届けを出し、マリートのカギでスペアを作成。
一番面倒だったのは、アパートメント入り口のドアのカギです。これは、スペアをお店で作ることはできず、管理人に依頼をして作成してもらう必要があるため、父母が帰国した2週間後にやっと受け取ることができました。

いずれのマイナートラブルも、大きな被害はなく、ただちょっと面倒くさいていどのものだったのは、不幸中の幸いだったように思います。

最後に補足までお話すると、トラブルだけ巻き起こして帰っていったように書いていますが、実際は母が毎日洗濯掃除食事の準備をし、父は家の日曜大工作業をしてくれていました。普段の週末は、掃除と洗濯だけで力尽きていた私でしたが、両親がいる間、したくてもできなかった以下のようなことができました。
・居間のカーペットをクリーニングにだす
・ニナ太郎のサイズが小さくなった服を片付ける
・冬の掛布団を陰干しして、片付ける
・私の服の衣替え etc.etc,

父母との滞在については、次回のコモ湖日帰り旅行についてが最後になります。
もうしばらくおつき合い下さいませ。



# by ayumi_cocca | 2019-09-18 05:29 | イタリア生活 | Trackback | Comments(0)

父母の一か月超ミラノ滞在の件

懸賞 2019年 09月 04日 懸賞

今年5月の中旬に、仕事と免許更新を兼ねて日本へ1週間超帰国していたのは、一時帰国中に記載した次第ですが、主な目的といえば、両親と同じフライトでミラノに戻り、我が家で一か月超、生活を共にするということが、主要な目的でした。
2ケ月以上前のことですが、2019年6月30日そんな両親が、日本へ帰国して、5月の出張から始まる私の長い旅はやっと終わったような安堵感に包まれていました。
ちょっとしたトラブルや、家族特有のいさかいもあり、ざっくりとそのもようをお届けします。

時系列での記憶は曖昧なので、季節の変化と併せてレポートいたします。
2019年5月26日夕方にミラノに到着
二週間ぶりに会うニナ太郎ですが、私を見て1時間ぐらいはにかんだまま、近づいてきませんでした。その後1時間もすればすぐに慣れて一緒に就寝でした。
日本は、ジャケットを着ていても暑いくらいでしたが、イタリアの最初の一週間は、5月上旬から続くグズグズした天気と、寒さを引きずっており、長そでにジャケットと傘が欠かせない週でした。

主なトピックは、母起因のものが以下の三本立て(サザエさん風味)
【母親風邪をこじらせる】
【母親へそを曲げる】
【母親キーフォルダーを盗まれる】
それに加えて父母私とニナ太郎のコモ日帰り旅行でした。
詳細については、別の記事にしようと思います。


その他、実家(自宅から300mほど離れたところ)で寝泊まりすると言っていたマリートは、結局ニナ太郎と離れたくないため、ずっと自宅にいました。つまり、私の父母と同居していました。私の親も、私も、マリートもそれぞれ別方向に気遣いをして、気疲れを抱えていました。
私は私で、仕事から帰ると親の要望を聞かなければならず、マリートのことも少しは考えねばならず、家事をしてくれる母はありがたいけれど、そのためマリートが全く家事をしなくなり、でも居座ってることにも苛立ち始め、家族は多ければ多いほど、助け合える分、大変なことも事実でした。

でもせっかく老体に鞭打ってわざわざ来てくれたので、それなりに楽しい思いはして欲しいという葛藤もありました。
でも親は、
「仕事してて、小さい子供がいるんだから、無理していろいろ連れて行こうとしなくていいから。」と言われ、その言葉に甘えることになりました。
イタリアの会社の自由さに甘えて、一週間に1日ペースで有給を取って、親の行きたいレストラン(ミラノ市内)でランチしたり、買い物に連れていったり、美味しいと有名なジェラートのお店に行ったりしました。他の都市に電車で小旅行などしたかったのですが、そういうことはせずに、ミラノ市内に出かけるにとどめました。早く帰宅できるし、そうすると、保育園から戻ったニナ太郎を受け入れる体制が整えられるしと、この程度で及第点だったようです。

マリート側家族との交流は合計二回。
一回目は、恒例マリート実家にてお食事会。
そして二回目は、帰国出発の前日に、エミリア・ロマーニャ州まで少し足を延ばして、バルディ城というお城を巡り、マリート、パパとマンマ、私の父母、私、ニナ太郎の7人ででランチしたのを幕切れとして、父と母のイタリア滞在はあっけなく終わりました。

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帰国前日に家族全員で行ったレストラン。ブドウの木の屋根で直射日光が遮られて、素敵なオープンテラスでした。
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バルディ城とうちの父母。地味に暑くて大変でしたが、みんなで楽しく遠足気分。ニナ太郎は、いつもと違う場所でのアクティビティに興奮し、帰りの車に乗るときには、電池が切れたように眠りにつきました。

滞在の最終週は、イタリア北部からフランス、ドイツにかけて、アフリカからの熱波が押し寄せて、クーラーなしでは寝られない夜でした。
結局両親は、五月末なのに、冬のように寒いミラノと、六月下旬なのに、最高気温40度のミラノという激しい温度差を経験し、帰った次第です。


# by ayumi_cocca | 2019-09-04 01:53 | イタリア生活 | Trackback | Comments(0)

イタリア(ミラノ)で子育てしてて思うこと - 後編-

懸賞 2019年 08月 15日 懸賞

の続きです。

周りの人が手を差し伸べてくれる件の実例は以下の通りです。

・義両親
日曜日のお昼は、毎週必ず義実家で昼食会です。私たちが食後ぼんやりしていると、パパやマンマがニナ太郎の面倒を見てくれています。休日に休めることがこれほどありがたいと思ったことはありません。パパとマンマには、それだけでなく書ききれない多くのことで助けてくれます。
特に保育園にかかわることのほとんど、実はマンマがしてくれています。週末に、保育園で使うお昼寝シーツやスタイの洗濯をして、アイロンまでかけて、日曜の夕方に渡してくれます。これ私がすべきことなんですが、私の母が舌を巻いて「私は、近くに住んでても、ここまで出来ないわ、、」と言います。そりゃそうだ。

・会社の人と、会社の制度
いつもは、マリートが保育園にニナ太郎を連れて行ってくれますが、急に仕事でどうしてもできない時、私は当日の朝、会社に遅れる旨を部署の人に伝えることになりますが、みんな快く遅刻を認めてくれます。特にうちの部署は、精神的にフラットな上司と同僚に恵まれており(イタリアでは特に稀有)、仕事における最も大事なことは、人間関係だと改めて気づかされます。
現地採用のため、イタリアの労働基準法にのっとって、他のイタリア人社員同様の待遇が保証されているので、一年に1か月近い有給が支給され、取得が義務付けられています。補足まで、社員が一定以上の有給を消化していないと、未消化分に税金がかかるらしく(会社が払う)、会社はその締め前になると、いつまでに何日必ず消化してと、社員に催促をします。夫と同じ時期に有給を取得し、2週間の休暇で家族旅行ということも可能で、疲れた心と身体をリセットすることができます。

・同じアパートに住む人たち
同じアパートの人たちも、とても良くしてくれます。私がベビーカーを押して帰路についている100m先の我が家のエントランスに、アパート内の近所のイタリア人が入っていきます。その後エントランスを入ろうと鍵をだしたら、そのご近所さんは私たちに気付いて、ドアを開けて待っていてくれました。いや、気付いてたの!?待っててくれたの!?ここでドアを押さえてくれることが、どれだけ有り難いか。。
私たちより先にエントランスに入っているご近所さんは、必ず私たちにエレベーターを譲ってくれます。「先に入ったのだから、お先にどうぞ」と固辞したとしても、「いえいえ、どうぞどうぞ」と先にエレベーターに乗せてもらえます。老若男女問わず、みんなそうしてくれるのです。
私とニナ太郎が家の前の道を行ったり来たり散歩していると、一階(日本における二階)のおばあさんが、ベランダから手を振ってくれます。ニナ太郎も最近では慣れて手を振り返すようになりました。全然監視されているような圧はなく、見守られているような気持ちに包まれます。

・見知らぬ人たち
ベビーカーでバスに乗っていて、出口に近いところで待機してると、周りの男の人だいたい3人くらいから、横目でベビーカーをチラ見され続けます。さてバスから出ようとなると、その3人くらいが、一斉に手を貸してくれます。
バスでニナ太郎がギャン泣きした時は、周りの人たちは誰一人嫌な顔をせず、お腹が空いたのかな~とか、気軽に声をかけてくれる。
ほんっとうに有り難い、周りに迷惑を掛けていないか、毎日戦々恐々としているので、本当に救われます。公共交通機関のみならず、どこへ行ってもだいたい似たような雰囲気です。

周りの人のこういった言動で、「あなたたち大丈夫だよ」と優しく背中を撫でてくれるような気持ちにさせられます。私もそういう人たちに倣って、よその子でも声をかけてしまうようになりました。
ミラノは大都会ですが、子に優しく接する余裕みたいなものを感じます。

私は前述のとおり毎日ギリギリのいっぱいいっぱいですが、周りの人たちの優しさのおかげで、どうにか生活が成り立っています。私の所感では、子育てにおいて母親以外のひと(主に他人)が、いかに子供を気に掛けるかによって、母親の大変さが変わってくるようです。
日本では、不審者に思ったり思われたりで、容易に声をかけたり助けたりに、二の足を踏んでしまうと、友人である先輩ママは言います。日本ではなかなか、好意を受け取ってもらうことが難しい局面があるかもしれません。
ただ母親業をしている人は、強くて自信がある人ばかりではないことや、子育てをしている身近な人たちが気にかけて声をかけてくれるだけで、励みになることが周知されればいいなと思います。


# by ayumi_cocca | 2019-08-15 23:52 | 育児 | Trackback | Comments(0)

イタリア(ミラノ)で子育てしてて思うこと -前編-

懸賞 2019年 08月 14日 懸賞

毎日生活していて、仕事についてや育児について、思うことはたくさんあるのですが、それをまとめる時間がないまま、時間ばかり過ぎてしまいます。

日本のニュースをネット上で見たり、イタリアで働きながら子育てしていて思うことを、すこしまとめてみました。相も変わらず、冗長になってしまいましたので、まずは前編から。

日本の友人に、「外国で働いて子育てしてるなんで、尊敬しかない」なんて言われますが、正直なところ、「イタリアでだからこそ、働いて子育てできる」というのが、産休が明けて一年超働いている私の正直な所感です。
ざっくり理由を言うと、大変なりに今の環境には、多少なりに気持ちの余裕があるからです。
ニナ太郎は一人っ子で、夫の実家が近所にあって、その実家のパパママが健康かつ超協力的で、という環境に併せて、社会的な雰囲気のおかげで、この余裕が生まれています。

「母は強し」なんて言葉がありますが、なんだよこんなの嘘じゃないか、というのが本音です。
日本の、虐待やネグレクトで死んでしまう子どもの話を記事で読むと、悲しいというより、傷つく。親だけが罪に問われていいのか、そこまで孤立してしまった家族に、周りが何もできなかったのか、環境によっては自分が虐待する立場だったんじゃないかと思うと、恐怖すら感じてしまいます。

健やかに育っているニナ太郎を見れば見るほど、何かの事件や事故に巻き込まれないか、自分の不注意でけがをさせやしないか、いつも最悪の状況を想定しながら行動しているし、マイナスな想像力が、空を飛べるほど広がってしまう。
今まで気にしたことがなかったことに怖さを感じるようになったり、過剰な心配性になったりしている自分を見ると、今までが怖いもの知らずだったのか、若干ヘタレになった気にさえなります。


仕事と育児、毎日いっぱいいっぱいでやりくりしています。そして、全部中途半端で情けなくなることもあります。しょっちゅうへこたれていて、強いどころの騒ぎではない。
平日はニナ太郎に対し、朝おむつを替えて、朝ごはんを食べさせて、服を着替えさせるのみ、帰宅後は夕食の準備をマリートか私がして、夕食。夕食後は彼らがのんびりしている間に、台所を片付け、あれよあれよと寝かしつけの時間。掃除がままならず、洗濯と食事の準備と片づけで精いっぱい。仕事については、マリートとニナ太郎に見送られつつ家を出て、残業なし定時18時には仕事を切り上げて、急いで帰宅。義実家にいるニナ太郎を迎えに行き、義両親と今日の出来事を話し(ほとんど私の話は聞いてもらえないので、一方的な聞き役だけれども)、帰宅してという流れ。
週末は終始片づけや掃除に明け暮れ、平日になるべく調理時間が少なくて済むような、材料の下準備できればしてしまいたい。
家事に追われていると、平日も休日もニナ太郎と一緒に過ごす時間が少なくて申し訳なくなります。

毎日、へとへとで体力と時間をやりくりする始末なので、余力がないときにイレギュラーが発生したり、会社で嫌なことがあると、ポキッと折れてしまう瞬間があります。ガス欠のような、気持ちは前に進みたくても体が動かないような瞬間がときどきあって、どうにもできないません。そういう時に、例えば自宅のあるアパートメントのエントランス(結構重い)の鍵を開けて、ニナ太郎の乗ったベビーカーを入れようとしたとき、入り口の段差で手間取ってしまい、中に入れないまま鍵が自動的に閉まってしまうことでさえ、私を泣かせるのには十分な理由になります。
左手でベビーカーを押さえて、右手で鍵を開け、右足でドアが閉まらないようにブロックして、右手で重いドアを開けて、左手でベビーカーをエントランス内に入れて。
ベビーカーでやっと中に入ったら、スロープのない5段ほどの階段があって、自分の荷物・保育園の荷物・ニナ太郎の乗ったベビーカーを担いで一気に登る。
階段を二往復して、運べばいいじゃないか、と思う人もいるかもしれませんが、それはそれで体力が必要になるので、一度にしてしまいたい。日常の小さい動作が滞ると、ダメージが少しずつ蓄積されていく感覚です。

話は変わり、一人の人間を育てていて、自分が思っていた母親像より、きっとみんな自信のないまま子育てをしているんだと気づきました。
例にもれず私も、毎日どうしようどうしようと思いながら過ごしています。
ニナ太郎の鼻水が止まらない、咳がなかなかおさまらない。どうしてどうしてと、言い続けるマンマの言葉はまるで私を責めているように聞こえる。
発語が遅い、夜中に急に泣き出して嘔吐して、何か問題があるんじゃなかろうか。こけた、椅子から落ちた、頭ぶつけた、たんこぶできた。なんでちゃんと見ていなかったんだetc etc.
子ども一人ひとり個性があって違ってよい、と紋切り型のアドバイスはあるけれど、同じ年の子供たちとの相違に一喜一憂してしまう。
家の外で我が子がギャン泣きして、それを落ち着かせることができない自分は、母親失格なんじゃないか、周りからそう思われているんじゃないか、と責められているような気持ちをいつも抱きます。まるで常に周りから、自分は母親としてアリかナシか試されているかのような、勝手な被害妄想にとらわれる毎日です。

そんないっぱいいっぱいで、毎日へとへと、日夜どうしようどうしようとなっている私に、イタリア人はとても温かいです。家族も、会社の人も、同じアパートメントに住む人たちも、通りすがりの人も、とても優しい。

どのように優しいか、後編に続きます。


# by ayumi_cocca | 2019-08-14 05:21 | 育児 | Trackback | Comments(0)

一時帰国中 ~2019年~

懸賞 2019年 05月 25日 懸賞

カテゴリは迷いましたが、適当なものが見つからなかったため、「旅行」にしてみました。
現在、ニナ太郎とマリートをイタリアに残し、単身で日本に一時帰国しています。

今年は、免許更新があったため、去年から5月中に日本へ帰国することは決めていました。
問題は、息子を連れて帰るかどうか。
ニナ太郎、齢一歳八ヶ月、自由に歩き回ることができ、主張も強くなり始めており、オーバーフォーティ(ぼやかした)の私と二人での18時間超、二人っきり公共交通機関での移動は、その後のダメージ回復を鑑みると、難しい。マリートがついて来てくれるなら、二人で交代で目を光らせられる、でも一人なら無理と判断しました。
マリートも日本には行きたいけれど、大好きな日本に中途半端に帰ると、里心がついてしまうので、葛藤がうまれる。
去年から住み始めている新居の修復もまだ済んでおらず、出費もかさむ等々の理由のため、今年も断念。

マリートのご両親に相談したところ、一週間足らずの日本滞在にニナ太郎を連れて帰るのは酷だし、時差ボケも大変だろうから、面倒は彼らが見てくれるとのこと。マリート、パパとマンマの理解もあり、単身帰国することとなりました。
そして、私が日本からイタリアへ戻るついでに、実家の両親をイタリアに連れて来るという計画も生まれました。
マリートは、ニナ太郎の世話をしてくれる人が増えるという、私は多くの家事から解放されるという、渦巻く欲望に、孫見たさの両親の欲望が一致したかたちでした。父も母も、日本では大手を振って歩いているが、英語がからっきし世代のためか、外国へ行くと途端におとなしくなる人たち。片道だけでも、娘の私がついて来ると、安心の度合いが違うようで、ほぼ二つ返事で、話が進みました。

会社の上司にも了解を得て、飛行機を予約をして、その帰りの便(日本⇒イタリア)に合わせて、両親が出発便を手配しました。
一週間の滞在を予定していた出発の一か月ほど前、会社の上司から、
「せっかく日本に帰るのなら、その前か後に、お客さんと営業所行く?」と打診をされました。
帰りの便は、両親の往路と一緒にしたため、変更はしたくない。それ故、予定の週の前の週ならいけます。と回答しました。もちろん、夫家族の了解を得て。
こうして、仕事兼 免許更新兼 両親イタリアに連行という名目が三位一体となり実現した一時帰国となりました。

先週火曜日に、マルペンサから某国経由便を経て成田へ。
水曜日朝に成田着、アーリーチェックインをホテルで済ませ、食事の後ホテルにて久しぶりの湯舟につかり、旅の疲れを癒しました。あ、イタリアの我が家は、他の一般家庭にも珍しくない、バスタブなし物件です。
その後別便で到着した上司と合流して、打ち合わせを兼ねて、食事へ。
何でもない、サラリーマン率99%の居酒屋での食事でしたが、お刺身もご飯も揚げ物もおいしぃ~い!幸せ!
ホテルに戻り、仕事のメールチェックや東京に住む兄と連絡を取ったりして、次の日に備えて就寝。

その後木曜・金曜と時差ボケと闘いながら、ほぼ一日中動き回り、無事任務完了。
そして、土曜日は5年ぶりに親友と会いました。その間に、彼女は結婚・私は出産と、大きな節目をむかえ的な距離もあったため、お祝いを遠隔でやり取りするのが精いっぱいでした。その後、いっとき海外旅行へ一緒に行きまくっていた友人と、ゆるい時間を過ごし、新幹線で実家に帰りました。
ほぼ2年ぶりくらいに、真っ暗な部屋で目を閉じ、次に目を開けたら7時間後という睡眠をとりました。

ニナ太郎は1歳半を超えて、よく眠るようになってきたものの、私が小さな物音で起きたり、一度目覚めたら二度寝できなくなったりしており、熟睡のコツを忘れていました。
しかし、そのコツも、この一週間で再習得できました。一度目覚めても、二度寝に成功しています。
どんな高級美容液よりも、睡眠です。肌の調子もすこぶる良い。睡眠だいじ
この一週間、免許更新・美容院・某金融機関のデビットカード解約を始め、物品の調達もしつつ、近しい親族には挨拶し、親友と短い時間だったけどお茶することもできて、充実していました。ほぼ準備も完了し、後は無事に帰国するだけです。

そんな日本での生活を満喫しておりますが、美味しいものを食べれば、マリートはどんな反応をするだろうか、イオンでキッズスペースがあれば、ニナ太郎を遊ばせたい。。。 楽だけど、つまらない。休めるけど、寂しい。
行きの飛行機に乗ったとき、前日ニナ太郎を寝かしつけてから、旅の支度をしたので、2・3時間しか寝ておらず、気を失うように離陸前に眠ってしまいました。夢うつつで、「直近は、いつおむつを替えたっけ。次はどこで替えられるだろう」と、考えて、あぁしばらく一緒に居ないんだと、はっと目が覚めました。
今はニナ太郎が私のことを覚えてくれているかどうかが心配です。一歳八ヶ月の記憶力ってどんなものでしょうか。

息子の記憶力に期待しつつ、ちょっと恐れつつ、日本の滞在を総括すると、「日本は流行り廃りの変化が早い!」ということでした。私は、イタリアでほとんど服をリニューアルしておらず、日本で買った服ばかり着ています。一応ベーシックな服を選んできたけれど、それでも否めない浦島花子感。。
最近の流行は、フワッとヒラっとしてますねシャツとかTシャツとか後ろは出して、前はシャツインなんですね。真似できる気がしません。東京のOLさんは、痩せててキレイで、程よい抜け感もあり、流行を追える気がしません。
日本は最高のサービスと選択肢の多さとしてはサイコーですが、保守的で裕福でない、流行の変化も至極ゆっくりなイタリアが、快適に感じてしまいます。
明日のフライトで、目いっぱいスーツケースに食材とニナ太郎のレトルトを詰め込み、父と母を従えてイタリアへ戻ります。

マリートは、結局実家にあまり頼ることなく、ほぼ一人でニナ太郎を世話したみたいです。「疲れた。一回一人で二週間一人で世話してみろ。」と恨み節が止まりません笑
帰国したら、そういうグチも精一杯聞かねばなりません。逆ギレの準備もできています。その件については、またおいおい。。。


# by ayumi_cocca | 2019-05-25 18:48 | 旅行 | Trackback | Comments(0)