出産した日 ~9月15日・後編~

懸賞 2017年 10月 19日 懸賞

もうすでに一か月以上前の話ですが、記憶が薄れないうちに早く更新したい、出産のことと、その後の病院生活について。
今日やっと、後編が更新できました。
前編については、こちらです。⇒
出産した日 ~9月14日・前編~

深夜12時を過ぎて、左太ももの付け根に痛みを覚え始めてから間もなく、その痛みがどんどん強くなっていくのが分かりました。
いぃぃ、いたい・・・、くっくるしぃぃ・・・
息も絶え絶えになりつつ、医師からこの痛みに合わせて、いきむように指示がありました。麻酔を上回るほどの陣痛に襲われているということを、その時理解しました。
それと同時に、震えるほどの寒さを感じました。
さぁ、これから本当の分娩が始まると感じたのは、ストレッチャーの両サイドにある、両足を乗せる器具に足を乗せるよう指示を受けた瞬間でした。夫に退出してもらうよう、言いました。私たちの、出産前の約束として、分娩時は夫には立ち合いをしないということで、折り合いがついています。一番自分が取り乱しているところを見られたくないという私の気持ちと、一番生々しい光景を見たくない・場合によっては、気を失うかもしれない夫の気持ちが一致したため、事前に決めていたのです。
周りの医師・助産師さんたちは、「なぜ!?」と言う雰囲気になりましたが、もうその頃には、私に説明する余裕はありません。

夫不在で、本気の分娩が始まりました。
痛い!寒い!
寒さに耐えながら、「この寒さはどうにかなりませんか?」と尋ねると、医師は
「この部屋は寒くありません。陣痛によるものなので、お産が終わればなくなります。」
と、無情な宣告。
え~、今何とかして欲しいのに・・・。
痛さに耐えながら、「この痛みは(麻酔で)とれないのでしょうか?」と尋ねると、医師は
「取れません。いきむタイミングが分からなくなるので。」
と、またしても無情な宣告。
いゃ、でも理由は確かに、それはごもっとも・・・。
しかも、今思えばこの時の痛みは、きっと自然分娩の1/100、いや1/1000程度だったと思います。しつこいようですが、鼻からスイカレベルの痛みよりはずっと軽かったです。自然分娩で出産されている方々に、石を投げられてもおかしくないし、無痛分娩でこんなこと言っては罰が当たりますが、その時の私には耐え難い痛みでした。

しばらく頑張るものの、いきみかたが足りないようで、医師から
「私たちは、お産を手伝うことはできますが、産むのはあなたです。
あなたがいきまないと、赤ちゃんはいつまでたっても下に降りてこられませんよ。」と、厳しいお言葉。
それも、ごもっともぉ~。でも、妊婦として、重いものも持たされず、段差はエレベーターで生活していた現代人・妊婦の筋力は明らかな衰えを見せています。
全然力が入らない。

呼吸法やいきむポイントを指示されながら、絶え絶えになりながら、痛みと格闘します。
もうわけが分からず、何分何十分立ったでしょうか、淡々とすべき工程を経ている医師の実況を聞きながら、ホェ~という声が遠くに聞こえたと思ったら、お腹に生温かいものが乗りました。
へその緒が付いた状態でお腹の上に、赤ちゃんが置かれました。今思えば、カンガルーケアというものでした。
自分でも、びっくりしたのですが、産まれた瞬間は号泣するかと思いきや、泣きませんでした。やっと会えたと言う気持ちと、無事に産まれてくれたという安堵が大きかったです。そして、無事に産まれたことで、夫を呼び戻しました。
へその緒を切ってから二時間、再度赤ん坊をお腹の上に乗せます。(その間、後処置をしてもらいました)
医師が、そのケアは母親と新生児にとって、愛着を感じる意味で大切な工程であるなどの説明をしてくれました。
その間夫は、出産まで何も口にできなかった私に、自販機で買った水や甘さの強い紅茶を持ってきてくれ、500ccのペットボトルを2本一気飲み。陣痛以外はまだ麻酔が効いてるので、スッカリ痛みから解放されて、医師助産師も交えて談笑していました。

各種処置を終えたあと、私は助産師さんの押す車いすに乗せられて、夫が赤ちゃんを車輪がついたベビーベッドに乗せて病室に移動します。
病室に着くと、時間は未明3時半を過ぎていました。
夫が赤ちゃんを保育室に預けに行って間もなく、病室に出生届に必要な書類を、助産師が持って来てくれました。
病室は二人部屋、同室の女性は当然就寝中。起こして申し訳ない。。。
前日の朝から病院におり、その間歯をみがいていなかったので、病室についているトイレと洗面所で、歯磨きと洗顔だけさせてもらうこと、こんな夜中に申し訳ないということを伝えて、寝る準備をする了解を得ました。昼食も夕食もとっていないので、持ってきたビスケットを食べて、夫にもらった書類を渡し、歯磨き洗顔を済ませ、4時過ぎにやっと就寝をしました。

思え返せば思い返すほど、無痛分娩も手伝って、超がつくほどの安産でした。
私の周りの高齢出産の人は、何かしらトラブルが発生した話を聞いていたので、もう本当にラッキーとしか言いようがありません。
世界のすべてに感謝したい気持ちです。

出産編はこれで終了ですが、長い9月15日の入院生活は始まったばかりです。
入院生活は、思った以上に壮絶というか、想定外のことがとても多かったので、
入院編についても、できる限り時間を見つけて、早めに更新予定です!(希望的観測)


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# by ayumi_cocca | 2017-10-19 12:57 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(0)

出産した日 ~9月14日・前編~

懸賞 2017年 10月 04日 懸賞

お久しぶりです。
前述のとおり、無事に出産を終えて子育て真っ最中です。
まずは、出産した日の出来事について綴ってまいります。

9月14日(木)
4、5日前から、夜になかなか眠れず、その日はわりと久しぶりによく眠れた朝でしたが、7時には生理痛のような痛みがひどく、その後も胎動とお腹の張りが交互に繰り返されるので、8時半ごろ夫の実家に電話をしました。ちなみに、賃貸しているアパートメントには、私の両親と私が住んでいるため、夫は近所の実家に一時避難をしています。
マンマには、3日前からおしるしが始まっていることと、張りが頻繁であることを伝えると、すぐに病院に行こうということになりました。夫は会社へ出勤する前だったので、もうその日は休むことにしてくれて、車を出してくれました。うちの両親には、まだ本格的な陣痛でないから、病院から返される恐れがあることも考慮して自宅待機してもらうことにしました。
私と夫二人で病院へ向かう車中、私の不安を和らげようと、冗談を言ってくれるのですが、常日頃から笑いのツボが甚だ異なる私たちなので、この状況では、思いやりと分かりつつも、イライラしかしませんでした。ゴメン夫よ・・・

救急窓口で受け付けを済ませて、簡単な問診と内診を受け、子宮口の開きをチェックします。(多分2~3cmくらいと記憶しています。)その際に、事前に準備していた、入院に必要な書類を提出し、お腹の張りをモニターでみることに。同じ部屋にほかに3人ほど妊婦さんがおり、モニターの見方を尋ねていました。その説明によると、数値が30を超えると、「お腹が張っている」という状態らしく、胎児の心音とお腹の張りの二つの針の動きが用紙に記載されていきます。途中退席していく妊婦さんもいました。(多分分娩のタイミングではなく、帰宅してたと思う。)
私の張りは8分毎だったので、分娩のタイミングではないものの、自宅に帰すタイミングでもないので、陣痛が進むのを病院で待つことに。

夫のマンマが付き添い、分娩室のあるフロアに移ったけれど、病院の待合室でジッと待っていることができず、外に散歩に行ったまま帰ってこない夫を待つことに。入院のための荷物は、夫が持っており、分娩のための服(Camicia da notte、自分で準備する)とスリッパがなく、着替えられない事態に。結局、病院から支給してもらった手術着を着用し、はだしで夫を待つことに。こういう、変化の局面にどこかでフラフラしてるのは、実に夫らしい・・・。

夫が現れ、無事にスリッパを着用し、分娩室が空くのを待つことになりました。
このとき、ブレスレットが3つ与えられるという説明を受けます。1.妊婦 2.付き添い一人 3.新生児 この2については、限定一人で妊婦が退院するまで着用必須で、その一人を選んでしまうと変更は不可、それ以外の人は分娩室・産後の保育室には入れません。日本では、どうなのか分かりませんが、途中で夫のみならず姑まで分娩室に入ってきたという話も聞くので、それがないと分かり安心していました。すると夫から爆弾発言が飛び出しました。「ここは分娩の経験があるマンマがブレスレットをつけよう!」
私、姑、看護師が一斉に「はぁっ!?!?」というリアクション。
夫よ、そこまで分娩室に入りたくないか!?そこまで、責任を放棄したいか!?
後で聞くと、よく状況を理解していなかったようで、それが産後までつけ続けないといけないものだとは知らなかった様子でした。いや、でも外国人の私でも、ちゃんと理解出来るくらい、クリアに説明していたはずなんだけど。。。結局、私が、「夫以外はつけて欲しくない!」と固辞して、やっと諦めた様子。周りも、ホッと一安心の空気が漂いました。

分娩室に、夫と二人で移り、マンマは待合室で待機することに。
引き続きモニタリングを続けながら、助産師の質問に答えたりしました。
私の最終学歴、仕事をしているか、結婚記念日などを尋ねられました。(私は日付を一日間違えました。)出産に関係あるのでしょうか。。。
部屋は肌寒く、はだしにスリッパ、薄手の手術着一枚なので、体は冷えます。陣痛が微弱のため、モニター(ワイヤレス)をつけながら、室内を散歩。

16:00くらいから、痛みが激しく
「耐えられる痛み?その痛みは1~10でどのくらい?」という、非常に個人的主観でしか語れないビミョーな質問をされ、鼻からスイカとは言えないので、「5」と答えました。寒さも耐え難く、毛布を一枚追加してもらいました。
18:30、鼻からスイカまでは到達していないものの、人生で最大の痛みにしばらくたえたので、ナースコール。ここで、すんなり硬膜外麻酔をすぐに打ってもらえると思い、耐えられるだけ耐えたつもりでした。すると、その後、19:00過ぎにやっと助産師が現れ、ここでやっと、16:00時点で打っておくべきだった点滴を打っていないことに気づく。その点滴針を2回激痛に耐え刺されたものの、失敗。3回目にベテラン医師がやってきて、点滴用針を打つことに成功。この3つの痕は、未だ右腕に残っています。しかも、失敗した最初の2回の傷跡が結構大きいという不思議。
そうしている間も、陣痛に耐え続け、「麻酔医が立て込んでおり、ちょっと待ってもらいます。」という無情な通告。
いや、無痛を希望しているだけ贅沢なんだけど、これ以上待つのかと、息も絶え絶えになりつつありました。
20:00前にとうとう麻酔医が登場。医師が説明していることを、日本語で親切に通訳してくれる夫。その都度、入れ替わり立ち代わり現れる医師・看護師が、「イタリア人が日本語しゃべってる~」と驚き、どういう経緯で日本語を習得したか、都度説明する夫。夫の自尊心が満たされるのはいいが、イタリア人は話をし始めると、必ず手が止まる! 
「早く麻酔を打って~!」と言う元気もなく、ひたすら彼らの会話が終わるのを耐えて待ちます。
さぁ、麻酔という瞬間は、夫が室外へ退出。猫背の姿勢になり、脊椎の間に針が刺されます。鈍い痛みを感じ、背中に冷たい水が流れるような感覚を覚え、すぐに痛さが和らぎました。麻酔ってすごい。。。それと同時に震えるほどの寒さも和らぎ、手足に熱が戻ります。痛みで血管が収縮していたのでしょうか。
麻酔後、世界が一転します。本当の分娩が始まるまでの、その後4時間、夫と談笑をしていました。

ちなみに、16:00からの人生最大の痛みに耐えている間、夫は私に声もかけず、触りもせず、ひたすら見守ってくれていました。見守るほうも辛かったと思います。(実際、見ているのは辛かったと後述)でも、この痛みの間は、何も言われても触られても、煩わしいだけだったと思います。なので、夫の対応は100点満点だったと今さらながらに思います。

分娩室にいる間は、時々医師が現れ、子宮口の開きをチェックします。確認都度、1センチずつ開いていきます。
21:00になってもその開きが完全でないため、私の両親とマンマには帰宅してもらうことに、多分出産は深夜になることが予想されたので、地下鉄が動いているうちに帰ってもらうことにしました。夫は、私の両親に自宅で待つように日本語で伝えた後、夕食を食べに行きました。分娩まで、まだしばらく時間がかかると思い、今のうちに食事に行くよう私が言いました。
私には、「大丈夫だから」と言い続けてくれていた夫ですが、そうとう不安だったらしく、レストランで1.5リットルのビールを飲んで、勇気を振り絞り病室に戻ってきました。当然、その後頻繁にトイレに行っていたことは、言うまでもありません。
22:00ころ痛みが再発したので、再度麻酔を追加してもらいました。
23:30、「子宮口全開」と、医師が確認したものの、「いきむ感じある?」と言われ、ピンとこないので、「いいえ」と回答するやり取りが、30分くらいつづきます。しばらく放置されると、24:00過ぎに、左ももの付け根に痛みを感じ始めました。

その後改めて考えると、子宮口全開から30分放置されたのは、麻酔が弱まるのを待つためだったようです。陣痛を感じないと、いきむタイミングを妊婦が図れず、いつまでも胎児は降りてこないからだと、今なら分かります。

そうこうしているうちに、本気の分娩が始まりますが、9月14日から日付が変わろうとしてるので、その後については後半に記載してまいります。



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# by ayumi_cocca | 2017-10-04 14:33 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(2)

産まれました〜

懸賞 2017年 09月 24日 懸賞

長らく更新が滞っていました。

お察しかと思いますが、無事出産を終えて、子育て真っ最中です。
9/14に陣痛が始まり, そのまま入院。
9/15未明に無事男の子を出産しました。
無痛分娩も手伝って, アラフォーにして驚くほど安産でした。世界中のすべてに、感謝をしたい心境です。
ただし分娩の最後の一時間は全然痛くなかったわけではありません。そのあたりから、入院中の詳細については、何と言うかネタの宝庫でした。ちょこっとずつ更新していきたく存じます。
個人的に, またSNS介して応援, お祝いの言葉を下さった皆様、このブログを読んで見守って下さった皆様に、感謝申し上げます。

ありがとうございました。
今後もミラノの出産レポートを乞うご期待!


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# by ayumi_cocca | 2017-09-24 03:54 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(2)

妊娠39週目 ~もしかして、もしかするとの前半編~

懸賞 2017年 09月 12日 懸賞

まずは、両親が到着したその後について、
9月9日以前は、英語イタリア語を話せない両親に変わり、

ミラノ市内乗り放題のATM定期券の更新(去年すでに作成して、カードは持っている。)
・父のSIMフリータブレットに、イタリアのSIMカードを契約し、通話とインターネットを使用可能にする。
・ミラノで一番大きいアジアスーパーへ行って、どんな食材が現地で調達可能か、またそのスーパーまでの移動方法の説明。
などをすませました。
また、普段夫と二人で暮らしている小さな賃貸アパートは、今後しばらく両親・私・新生児の4人で生活することになるので、生活しやすいようなレイアウトに変更をしました。正確には、私が物を運んだわけではなく、父と母とどうするこうすると話しながら、彼らがレイアウトを変更してくれました。

9月10日(日)
夫のご両親は、前日からフィレンツェで所用があるということで、泊まりで外出中。
私は土曜の夜から、夫の実家で夫と残り少ない二人の時間を過ごすことに。そして、日曜のお昼、あいにくの雨だったのですが、両親が夫の実家にレトルトパックされた鰻と母の手料理を持参して登場。うちの両親、夫と私の4人でこじんまりとした昼食会を開催しました。
久しぶりに食べた、日本の鰻は美味しかった~!
そして、4時ごろには、両親が滞在している部屋まで見送り、私は夫と二人で夫の実家で過ごしました。とはいえ、夫はPCでゲームをし、私はソファで横になりながら、タブレットで本を読むという、いつもの週末と変わらない時間を過ごしました。

この日、温厚な夫が、
「きみの両親は、君を助けに来たのに、出かけてばかりでむしろ負担になってるじゃないか。もし身体が辛いなら休まないと」と、軽くお叱りを受けました。
確かに一理あるのだけれど、でも二人がある程度ミラノで滞在でき、病院を行き来できる準備はしておかないと、私が入院してからでは遅すぎると思ったので、多少無理をしても、最初に済ませるべきことはしておくべきだと思ったのです。理由を伝え、少しだけ理解をしてもらいました。多分納得はしていないけど。

この晩は早めの23:00には就寝したものの、夜半お腹がしょっちゅう張り、特に下腹部にそれが発生し、なかなか寝付けず。夜中の1時に目が覚めた後、結局5時くらいまで眠れませんでした。
下腹部に圧迫感が発生すると、頻繁に尿意を催し、1時間に1回程度の割合で、トイレへ行く状態が続きます。
立ち上がる、起き上がる、寝返りを打つ、簡単な動作も難儀で、腰痛(骨盤)に響いてしまいます。

9月11日(月)
朝、おしるしらしきものが。
ネットで検索すると、すぐに陣痛が始まるわけではなく、あくまで個人差の問題で、3~4日後に出産する人もいれば、一週間後になる人も。
この日は、両親に出産する病院までの道順を、メトロに乗って説明する予定の日。
病院のあるエリアは、公共交通機関での移動が一番便利なので、夫家族の車に同乗を想定せず、メトロでの移動をしてもらうほうが良いと判断しました。これは、説明を省くわけにはいかないので、通常通り両親と行動を共にすることに。無事に、病院までの行き来を説明し、その日はスーパーでも買い物を済ませ、一日が終了。
でも、夜中にはやっぱりお腹が張るばかりで、21:00には床に就いたものの、2時間くらいしか眠れず。

9月12日(火)
明け方になると、「生理痛や下痢の時のお腹の痛み」に似た鈍痛を感じたので、もしやこれが噂の前駆陣痛ではと、やはりネットで検索。不規則な痛みやお腹の張りが発生するとのこと。その晩も、前日同様頻尿でした。
朝には、両親にそろそろかもしれないと伝え、夫にもメッセージを送りました。その後、マンマにも知らせて近日中に出産に至りそうな旨を伝えました。

そして今、私は念のため自宅待機をしていますが、両親は生活に必要そうなあれこれを買い物したいということで、二人で出かけました。
ここで、もし容態が急変したら、仕事をしている夫に連絡をし、近所のパパとマンマに車で病院まで送ってもらう予定です。
でも、お腹の張りは頻繁なものの、痛みらしい痛みはそれほど感じず、知らせるのは時期尚早だったのでは・・・と少し不安になっています。
久しぶりに一人の時間を持てているので、熟れたバナナがあるし、消費したいパン粉でパンケーキでも作ろうか、ちょくちょく掃除はしてくれているけど、濡れたモップでは1週間ほど掃除していないので、モップ掛けでもしようかと考えています。

この次が出産報告になるか、ゆるい内容になるかは、続編を期待せずにお待ちください。
久しぶりに・・・

Sara' quel che sara'!


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# by ayumi_cocca | 2017-09-12 18:54 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(2)

妊娠38週目

懸賞 2017年 09月 10日 懸賞

今のところ、まだ産まれていません。

【手続きや診察関係】
9月6日(木)
プライベート産婦人科医の診察へ。
実は、火曜日に夫からメールをしてもらい、
「先週は入院する病院で診察を受けて、逆子が治っていることを確認し、来週(9月14日)にも同じ病院で診察予約があるので、すでに予約している9月6日の診察はキャンセルできますか?」なんて質問をしていました。
返事はひとこと
「出来れば来てください」でした・・・。
今さら、プライベートの診察料をケチりたかったのと、正直あんまり診察してもらったところで、その診察料の価値がない診察だと常々感じていた心が、そのメールを送らせてしまいました。自分でも、この期に及んで診察をキャンセルするのは道理ではないと思っていたので、諦めて診察へ行くことに。また、この産婦人科医についての所感は別途述べようと思います。
夫が付き添うこともできたのですが、マンマと行ったほうがいろいろやりやすいので、彼女に同伴してもらいました。(なぜやりやすいかも、おいおい述べます)
最新の血液検査の結果や、Tampone vaginaleの検査結果について、確認。体重と血圧についても質問が。体重は毎日量っているけれど、血圧は最近全然・・・。診察台で血圧を見てもらい、内診で胎児が順調に下がってきていることを確認してもらいました。
エコーでのチェックでは、特に詳細の説明はなかったけれど、エコー血圧ともに問題なしということです。
姑は、土日(今日明日)にフィレンツェで用事があるのですが、産まれそうならキャンセルすると言っていて、医師に「いつ産まれますか?」という不毛な質問をしていました。それは産まれてくる子どものみぞ知ることですよ。と、私は軽くつっこみを入れました。特に、診察を受けた日は満月だったので、この日までに産まれるに違いないと、かなり興奮していたので、結局産まれず肩透かしのようでした。わたし個人的には、お腹の子がそんなに下がっている感覚がないので、まだ少し先のような気がしていました。
とりあえず診察は無事終了。

【出産準備】
病院で指示された、こまごまとしたものについてもそろえていました。ただ9月3日に夫の実家で昼食をした際に、マンマもいろいろ準備していたようで、特に前述のとおり9月6日の満月までに産まれるに違いないと思っていたので、産着をたくさん買ってくれていました。感謝の言葉を添えてありがたく頂戴したのですが、残念ながらほぼすべての産着が筒形のもので、日本で一般的な、乳幼児に使用される前開きのものはありませんでした。つなぎタイプのものについては、後ろにボタンがついているのもいくつかあったのですが、とりあえず日本のそれとは着せ方が異なるようで、戸惑っています。私の両親が持ってくる前開きのお古が待ち遠しいです。
前開きの服が主流の日本では、この筒形や後ろ開きは抵抗が大きく、ただでさえすぐに大きくなる新生児の時期に、彼女が買ってくれた産着がどれだけ使われるか不明です。もし使った上でのメリットがあれば、また報告したいと思います。

9月7日(木)
ベイビー誕生前に、やっと我が両親がイタリアに到着しました。救援物資が間に合って助かりました。
特にお古の肌着等は、義姉(兄の奥様)が下着と上着を重ねた状態で畳んでくれていました。洗濯後畳むときにセットしておくと、子どもに服を着せるときに便利という、生活の知恵にあふれた彼女らしい工夫をした状態で、私のために準備してくれていて、とてもありがたかったです。
実家の両親が来て、とても安心した気持ちになったのは事実ですが、やはり今まであった自分一人の時間はすっかり無くなってしまったので、ブログの更新はかなり難しくなっています。SNSのチェックもままならず、まぁやむを得ないですが、ちょっとリズムが変わったことに戸惑っています。
二人(父母)そろって雑談, 相談を持ちかけてくるので、今自分がすべきことを忘れたりできなかったり, 考えていたことが中断されてしまい、イライラする笑 つくづく我が夫は、私の思考を邪魔しない人なんだと改めて実感しました。
そして、賃貸の家に両親がいる間, 夫は自分の実家に避難。残念ながら、四人一緒に住める広さではないので、夫としばし別居(ただし近所)という状況です。

【体調や体の変化について】
マイナートラブルとして、お腹の張り・腰痛・足の付け根の痛み・体の痒みなどはあるものの、むくみや急激な体重増加は今のところありません。
体の自由はあまり利かないものの、それでも通常通り出かけたり、スーパーで買い物したりと生活できています。つくづく、つわりはきつかったけど、その後の大きなトラブルはなく、もう後は産気づくのを待つのみといったところです。


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# by ayumi_cocca | 2017-09-10 05:56 | 妊娠・出産 | Trackback | Comments(2)